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尖閣諸島開拓の日百三十周年記念式典に関する質問主意書
経過状況:答弁受理
尖閣諸島は、我が国政府が他国の支配が及んでいないことを確認した上で一八九五年一月十四日、日本領土に編入する閣議決定を行った。明治期には古賀辰四郎氏により開拓も進み、羽毛採取や鰹節製造も盛んであった。
そして本年は百三十年の節目の年を迎える。本年一月十四日、十五日と二日間にわたり、尖閣諸島開拓の日百三十周年記念式典が沖縄県石垣市で行われた。野党各党の代表、幹事長が出席していたが、政府からは大臣、副大臣、大臣政務官は誰も出席がなかった。
式典開催日は、与党の幹事長は日中与党交流協議会に出席のため訪中していた。尖閣諸島開拓の日式典と同日に開催された日中与党交流協議会ではあるが、この日程での企画調整は日中双方どちらの提案だったのかに関心は高まる。
中国側は、あえてこの日程で調整をはかり、式典参加を妨害したのではとの疑問が生じる。逆に日本側が、何故この式典の開催日にしたのかが全く理解できない。
当然ながら全国では毎日、国内各地で様々な式典が開催されている。全てを把握することなど不可能だとは思うが、国家の三要素を構成する領土に関する式典である。把握していなかったとなると、情報収集に課題があると言わざるを得ないと考える。
よって次のとおり質問する。
質問1
今回は百三十年という節目の年の開催であったにもかかわらず、何故、政府からは誰も出席しなかったのか。
回答(質問1 について)
「尖閣諸島開拓の日」百三十周年記念式典については、政府から内閣官房領土・主権対策企画調整室室長(内閣審議官)が出席した。石垣市が主催する「尖閣諸島開拓の日」に係る式典への政府の出席者については、その都度諸般の情勢を踏まえつつ、適切に判断しているところである。
質問2
式典開催日に与党の幹事長は訪中し、日中与党交流協議会に出席していたが、その成果としては何があったのか。政府として把握するところを示した上で、見解を示されたい。
回答(質問2 について)
お尋ねの「見解」の具体的に意味するところが明らかではないが、令和七年一月十三日から同月十五日までにかけて、森山自由民主党幹事長及び西田公明党幹事長を始めとする自由民主党と公明党の議員団が訪中し、お尋ねの「日中与党交流協議会」等を実施し、中国側と意見交換を行ったものと承知しているところである。それ以上については、特定の議員の活動に関するものであり、政府としてお答えすることは差し控えたい。
質問3
日中与党交流協議会が行われた翌日も中国海警局の船舶は、我が国の接続水域まで航行していた。その日は連続五十八日目となり、さらに連続航行を延長し続けている。その中国海警局の行動について我が国政府の見解を求める。
回答(質問3 について)
政府としては、お尋ねの「行動」を含め、中国海警局等に所属する船舶による尖閣諸島周辺の接続水域内での航行がほぼ毎日確認されていること等を極めて深刻に考えており、中国海警局等に所属する船舶が我が国の接続水域を航行していることが確認された時点において、中国政府に対して申入れを行っているところである。政府として、引き続き、緊張感を持って尖閣諸島周辺の警戒監視に万全を尽くすとともに、領土、領海、領空を断固として守り抜くとの決意の下、今後とも冷静かつ毅然と対応していく。